ノーベル書店

メニュー

「言葉は何のためにあるか?」から問う言葉の本質

言葉は何のためにあるか?

あなたも、私も、今この瞬間に使っている「言葉」。
様々な概念を認識、定義するのに用いられれている言葉。

言葉は、何のためにあるのでしょうか?
哲学的にも聞こえるこの問いには、シンプルな答えがあります。

言葉な何のためにあるか?
その答えは「コミュニケーションするため」です。

コミュニケーションとは?

「いやいや、違うよ。
言葉は、概念を定義するためにあるんでしょう?思考するためにあるんでしょう?」

と思う方もいるかもしれませんね。実は、私自身、初めはそちらの書き出しで書いていました。
その話もこの後しますので、もう少し読み進めてくださいね。

さあ、先ほど「言葉はコミュニケーションのためにある」としました。
では、コミュニケーションとは何でしょう?

広辞苑によると、コミュニケーションとは「社会生活を営む人間の間に行われる知覚・感情・思考の伝達。言語・文字その他視覚・聴覚に訴える各種のものを媒介とする。」とのことです。
簡単に言えば、「意志疎通」ですね。
語源はラテン語、「分かち合う」を意味する communicareです。

発信する側が何かを伝える、受信側に何かが伝わるの2段階に分かれ、内容も、「1、知的理解のためのもの」「2、「思い」の伝播」の2つに分かれます。

そう考えると実は、コミュニケーション自体は人間以外の多くの生物もやっていることがわかります。

例えば、ミツバチはダンスをして、蜜のある場所、方角、蜜の質を伝えます。
イルカは超音波で会話すると言われますが、赤ちゃんイルカが「お腹がすいた」と言うと母イルカが授乳を始めたり、「シグネチャーホイッスル」という個体を識別する一生変わらない音、私たちで言う名前のようなものもあります。
サバンナモンキーは、大好物のバナナを見つけた時、「ライオンが来たぞ!」と鳴いて、仲間が逃げ出すように仕向けて、自分がゆっくりと食事をすることもあるという「嘘」も操ることができます。

言葉でなくても、コミュニケーションは成立する。
では、なぜ私たち生物は、そもそもコミュニケーションをするのでしょう?

一人では生きていけない動物、人間

コミュニケーションとは、他者とするもの。自分だけなら、コミュニケーションは不要です。

コミュニケーションの目的は「他者と何かしらの関係を作ること」です。

では、協力関係を作るのは、何のためでしょうか?
それは、種として「生存しやすい世界を作るため」です。

「あっちには崖があるから、気をつけたほうが良いよ!」
「あの丸太の下には蛇がいる時があるから、つついて追い出してから渡った方が良いよ!」
と注意を促したり、一人では絶対かなわない大きなマンモスを皆と協力することで狩ったりします。

コミュニケーションを用いて、協力することで、生存の確率を上げる、自分たちが生存しやすい世界を作っている のです。

生存しやすい世界のための、ルール

私たちは、生存するためにコミュニケーションをしています。

人間が、生存のためのコミュニケーションで、用いる手法の一つが「言葉」です。
(例えば、「あっち」と方角を指で指すのは「言葉」ではないですよね。ジェスチャーに限らず、音楽、美術、芸術など、言葉以外のコミュニケーション(表現)もたくさんあります。)

生存しやすい世界にするために、私たちは「言葉」を用いている のです。

そして、さらに生きやすくするために、
・より詳細で正確な情報の伝達
・より複雑な論理、思考

が必要になりました。

より詳細で正確な情報の伝達ができれば、仲間ともっと協力をして、より生存確率を上げることができます。
より複雑な論理、思考ができれば(推理、条件付き予測、体系化、偶然の出来事に再現性を持たせるなど)、力ではかなわない動物、世界に対して「知」をもって立ち向かえます。加えて、それを「伝達」し仲間と共有できれば、生存確率をさらに上げられます。

つまり、言葉の「概念を定義する」という役割は、「より生きやすい世界を作る」ための、補完的役割としてできたものです。

動物同士の合図は、言葉に比べるとずっとシンプルなものが多いです。
表現の幅を広げるために、文法含め、言葉にはたくさんのルールができた のです。

言葉は、情報伝達の「ルール」

言葉において重要なのは、音声ではなく、音声が含意する意味。

特定の言葉(合図)=特定の意味、というルールを共有しあえる同士がいて初めて、言葉はその役割を持ちます。

「ルール」と聞くとなんだか堅苦しい、自由がないイメージを持つ方もいるかもしれません。しかし、イギリスの経済学者ケインズは言います。

真の自由にはルール・規制が不可欠である(ケインズ)

社会が複雑になり、多くの人が関係してくるほど、そのコミュニケーションは複雑化し、表現すべき内容も多様化します。シンプルに、快適に、正確に情報を共有するには、ルールが必要 なのです。

ルールという制限があることで、より幅広く情報を伝達しあうことができるのです。

認知されないものは、存在しない

「誰も(動物含め)いない森で、木が倒れた時、音はするのか?」

という問いがあります。普通に考えれば、「音はする」と思いますが、哲学、心理学の分野では、「音はしない」とされます。

音は、空気を振動で、その波動が音として聞こえます。しかし、その音は「受信」する相手がいて、初めて存在し得るのです。見るものも同じ、見るものがいなければ、存在していないことになります。

それは、言葉も同じ。
言葉のルールを理解する他者(あるいは、対話の相手のとしての自分)がいなければ、存在していないのと同じなのです。

言葉は、それ自体には一定の規則を持った単なる音声です。そこに、ルールを理解する他者がいて初めて、存在する、つまり、やはり言葉は「コミュニケーションこそが前提」 なのです。

大事なのは、言葉を用いて何をしたいのか?

大切なのは、その言葉を用いて、あなたは何を実現したいかです。

どんなことを伝えたいのか?
相手に、どうなってもらうことを求めているのか?
どんな思いを共有したいのか?
自分は、どんなことについての答えを導き出したいのか?

・誰かを励ましたい。
・誰かを喜ばせたい。
・有益な情報を伝えたい。
・自分の気持ちに共感した欲しい。
・一緒に喜んで欲しい?
・愛情を伝えたい。
・慰めてあげたい。

「言葉の暴力」とも言いますが、言葉を使えば、人を深々と、二度と立ち直れないくらいに傷付けることもできます。
逆に、たった一言が、誰かの人生を変えたり、希望になってその後何十年もの間誰かを支え続けたり、名言を残した人がなくなっても、言葉だけが時代を超えて誰かを救うこともあります。

言葉はコミュニケーションのためにある。
重要なのは、あなたはその言葉を用いて、何を成し遂げたいかです。

言葉で世界を変えるノーベル書店は、出会った言葉が読者の人生が大きく変わるきっかけになる、自分の書いた言葉が著者のその後の人生を良い方向に変えるきっかけになる、そんな本を作っています。

著者になりたい方はこちら

お問い合わせ、記事のリクエストはこちら

Share / Subscribe
Facebook Likes
Tweets
Hatena Bookmarks
Pinterest
Pocket
Evernote
Feedly
Send to LINE