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言葉とは音楽である、ブーバ/キキ効果について

聴き心地こそが印象である

言葉の印象は、「音」で決まります。
これは、国、性別、年齢、むしろ言葉を知らない赤ちゃんさえも、言葉の「意味」はわからずとも、様々な言葉に対して何かしらの「印象」を持ちます。
そして、言葉の印象を決めるのは、「音」 です。

言葉の印象は、「語感」と呼ばれます。

広辞苑では、語感とは、「(1)言葉のもつ微妙な感じ。言葉から受ける主観的な印象。」とされます。つまり、この意味を見ても、本来は「音声」に限った話ではないのですが、一般的には語感(言葉の印象)というと言葉の「音声的側面」にフォーカスがあたります。

このHPでも、言葉は、コミュニケーションを目的とした発達したという話をしました。
言葉は、音声で意思疎通をするための一つの形態です。

しかし、言葉は「見た目」で決まるという話もしました。これは、「見た目」のある言葉の場合という前提条件があります。というのも、書き言葉として「言葉の印象」と、音声としての「言葉の印象」言葉では、異なるからです。また、書き言葉としての言葉の印象では「読み易さ」などにおいての重要性がありますが、その前に言葉には「音声としての印象」がつきまとうのです。

書き言葉、文字体系が初めて発明されたのは、紀元前4千年紀後半の後期新石器時代といわれます(シュメール文明など聞いたことがあると思いますが、それです)。でも、人類の祖先、類人猿が誕生したのは、2500万年前ほどと言われます。動物的な音声による合図だけでなく、音色で「言葉」を表現するという人間の特性が現れた時期はわかりませんが、言葉の歴史から言っても、「目で見る言葉」の時代は、「耳で聞く言葉」の時代よりもずっと最近なのです。

印象は、音声でかなり決まっている

言葉の印象は、音声で決まります。
と言われても、もしかしたらピンと来ない人もいるかもしれません。

例えば、「ぬくぬく」という言葉には、丸みがある暖かい印象のある言葉があります。
一方、「かつかつ」という言葉は、何か尖っている感じがしませんか?
擬態語、擬声語などのいわゆるオノマトペは、すごく言葉の「音声」的な印象と深い関係があります。

そして、ゴルバチョフは、なんだか強そう。てるてる坊主は、絶対ジメジメしてない。シャークは鋭そう。
などなど、ここでは音声と意味がなんとなく相関があると感じるものだけを取り上げましたが、とにかく、言葉の「音声の印象」は、言葉に何かしらの意味を付け加えています。

「ブーバ」「キキ」の形は見えるか

この、言葉と音声の印象については、有名な研究があります。
「ブーバ/キキ効果」は、言語音と、図形の視覚的印象との連想について見られる関係のことを示します。これは、1929年、心理学者ヴォルフガング・ケーラーにより発見されました。

実験は、上のような、丸い曲線でできた図形、ギザギザの直線でできた図の2つを見せ、どちらかが「ブーバ」、もう片方が「キキ」であると伝え、どちらがどの名かを聞く、というシンプルなものです。
そして、結果、母語や、年齢に関わらず、98%ほどの人が「曲線図形がブーバ(左)。ギザギザ図形がキキ(右)。」と答えたのです。

この、ブーバとキキの対比は、唇の形(円唇母音または唇音/非円唇母音または非唇音)の違いと一般的にはされていますが、それはあくまで仮説とも考えられます。(後述する、クオリアの話になります)

本来は、音から、どのような概念を連想するか「音象徴」に関して、文化・言語の枠を超えた法則はないとされているのですが、ブーバ/キキ効果のように、音声と印象には何かしらの法則があると現在は考えられています。
(ちなみに、大脳皮質角回に損傷のある人、自閉症の人は、上のような結果は得られないことがあります。脳って不思議ですよね…!)

しかし、音声だって電気信号

余談にはなりますが、先ほど、少し書いたクオリアについて触れておきます。
というのも、私自身が脳について考えたり、こういう分野が大好きなので、どうしても触れたい…むしろ趣味の領域かもしれません。

クオリアとは、私たちの感じる「感じ」のことです。難しく言うと、主観的に体験される様々な質を指します。
「痛い」「うるさい」「赤い色」「冷たい」などなどの「感じ」です。

「感じ」とは、」とても不思議なものなのです。
脳は電気信号で動き、脳から発せられるものも電気信号です。なのに、私たちに表れる体感です。

「赤い色を感じる電気信号」というのが何か、どういう状態かは分析できても、なぜその電気信号で「赤い色」を感じるのかはわからないのです。
「痛い」という電気信号で、「痛い」と感じるけれど、その電気信号がどこかを刺激して「痛い」スイッチを押すとしても、なぜそのスイッチが「痛い」という体感になるのかはわからないのです。

つまり、一人一人の感じ方は違うため、何かしらの傾向はあっても、他人のクオリアを本当に体験することはできません。(人に限らず、生物同士、例えば、猫のクオリアも私にはわかりません)

ですから、ブーバ/キキも、唇の形によるとされているのは、仮説であって、本当はなぜそう感じるかは解明できていないのです。

大学時代は、「なぜ長三和音(下から、ドミソ)をなぜ明るいと感じ、なぜ短三和音(下から、ラドミ)を暗いと感じるのか」をずーっと考えていました。これも、ある種、クオリアの問題なので、何千人もの科学者が立ち向かっている問題に対し、ただの大学生が答えを出せるはずもなく、結局答えは見つからず。

話が少しそれましたが、

言葉というのは、この世界に対して感じるものと同じ、一定の傾向を見つけることはできるかもしれないですが、結局は全て、「個人個人の主観的な体験」に過ぎない のです。

言葉の感度を上げる

さあ、ここまで言葉の「音」の印象について話してきました。
以前は、言葉の見た目についても話しました。

もしかしたら、言葉は見た目、言葉は音とわかったところで、「だから何?」と思った人もいるかもしれません。
しかし、私が言いたいのは、これらを意識することは「言葉に対する感度を上げること」 につながるということです。

感度とは、「微差への意識」です。
どの言葉を使うか、2つあるならどちらの言葉を使うか、言い換えはあるのか、どのような言葉なら本当に意図を適切に表現できるかを考える時に、ものすごく重要になる感覚
です。

見た目なら、「カワイイ」「かわいい」「可愛い」の違いを感じますか?

音なら、「しんしん」「こんこん」「むんむん」の違いを感じますか?

普段から、少し意識すると、言葉に対する感度が上がっていきます。

言葉はメロディー、言葉は音楽

音楽大学で、「自然科学概論」という授業で作成したレポートをいまだによく覚えています。
「音楽とは、空間に絵を描くこと」と熱弁したことは今でも忘れていません。

音は時間と共にあります。
時間がなければ、音は存在できない。
空間という何もないところに点を作り、時間という軸の上で、線を描きカラフルな色をつけていく、しかし、意識された時には、常に全てが残響であり瞬間に存在した実態は既に消えている、というのが、音楽のものすごく魅力的なところだと私は思っています。

時間の軸の上にあるなら「映像」が適切と感じる方もいるかもしれませんが、「一瞬で消える」からこそ、音楽なのです。個人的には、二次元である「絵」の方がしっくり来ます。
ちなみに、「絵」という発想は、私が共感覚持ちで、音に色がついていたから思ったのかもしれません。(実は、26歳で悟りを開いた時から、見えなくなってしまったんですけどね。)

言葉の一つ一つは音声は、「音」です。
言葉は、「メロディー」です。
文章にも音楽にもリズムがあり、全体として文章、「曲」になります。

古今東西、芸術家たちが曲を作る目的はいつだって、自分のためを考えれば「魂の昇華」「心の鍛錬」であり、誰かに届ける目的はで元気を出して欲しい、楽しい気持ちになって欲しいなどの心をの動きを起こす、大袈裟に言えば「思想変容」「行動変容」です。

セールスレターなら「買って」かもしれないし、
電子書籍なら「ファンになって」「これを知って」かもしもしれないし、
小説なら「この感覚を追体験して」かもしれませんね。

ずっと昔、「音楽は、僕の言葉」と言ったアーティストがいました。
今でも、とても大好きな人です。

あなたは、言葉を使って、どんなことをしたいですか?
言葉の「見た目」「音」の印象、そしてその意味を音楽のように組み合わせ、誰にどんなことを届けたいですか?

あなたの言葉を、きっとどこかで待っている人がいます。
それを伝わるように届けることに貢献すること、それがノーベル書店の使命です。

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